牛首戦隊!ジュウリンジャー!!
皆さんお久しぶりです、クレ白です。
前の記事から2か月も間が空いてしまいましたが特に何かあったわけではなくて、むしろ記事を書くほどの事が何も無かったので放置状態になってしまいました(;´∀`)
んで今回は謎タイトルでなんのこっちゃだと思いますが、鷲林寺(じゅうりんじ)というお寺に行ってきたよー!っという話です。
さてそれで、鷲林寺に行くにあたってまず何でそこに行く事になったのかという所から。
えーと、皆さんは件(くだん)という妖怪というか物の怪?をご存知でしょうか?
体が人間の女性で顔が牛、もしくは顔が人間女性で体が牛の半人半牛という見た目で、何か大事件が起こる前に現れて見た人間に予言を与えてすぐに死んでしまうと言われている妖怪です。
「地獄先生ぬ~べ~」でも登場したりしているので割と知ってる方も多いと思います。
でその件(くだん)が阪神大震災の前にも現れたという噂を聞きまして、以前の記事で西宮市の夫婦岩(めおといわ)というオカルトスポットを取り上げた時にも書いた通り、夫婦岩の上に件(くだん)が立ってるのが目撃されたらしいです。
噂を聞いたのは震災の少し後ぐらいで誰から・どこで聞いたのかについてはもう覚えていませんが……
そんな事でこの件(くだん)には以前から興味がありまして、そんな中つべでたまたま見かけたオカルトエンタメ大学の動画で怪異蒐集家の中山市朗氏が件(くだん)について興味深い事を語っておられました。
その話ではどうやら西宮市にある鷲林寺というお寺が件(くだん)と関係があるとの事。
鷲林寺ならいつも自転車で行っている北山ダムの近くですし、それなら散歩ついでにちょっくら行ってみるか~って事で行く事になりました。
んなわけで土曜の真っ昼間、10時半頃にでっぱつ。
我ながらこのクソ暑い時期に何考えてこんなヤバい時間帯に出るんだと思っちゃいますが、まあそれには一応訳がありまして……
実は鷲林寺には厨房の頃ダチと二人で怖いもの見たさで一度訪れた事があって、その時の記憶では昼間なのに薄暗くておどろおどろしいお寺で。
しかも階段を登ってる最中に長い髪の毛の束が階段脇の灯篭の中に置いてあるのを見てダチと二人「うっわぁぁぁぁ!!1」と叫んで逃げ帰ってきたという痛々しい記憶があるのですw
なので出来れば一番(霊的に)ヤバくない時間帯に行きたかったというわけですね(;´∀`)

というわけでまずは北山ダムに到着して定点撮影。
写真を撮った時はたまたま曇って日差しが弱くなってますが、実際はカンカン照りで超暑くてここまでの登りで既に死にかけてますww
朝食からも時間が経ってますし昼飯前に軽く行って来ようとかナメた事を思ったのもあって体調がかなりヤバくなってきてました(+_+)
がしかし、せっかくここまで来たのにこのまま帰るのは馬鹿みたいなので気合で鷲林寺方面へ。
鷲林寺町の交差点まではなんとか自転車で登ったものの、そこから鷲林寺まではもう本気で死にそうだったので屈辱の押し上がりで。
もはや討ち死にとか言ってられる余裕もありませんでしたわw

永遠に続くのかと思うほど長い急坂を歩いて、ようやく鷲林寺とうちゃこ。
厨房の頃の記憶には鷲林寺町の交差点からここまでの坂なんて全く残ってないんですが……
しかも入り口から見る限りでは記憶の中のおどろおどろしさなんてこれっぽっちも感じないし。
「ここから入ったんじゃなかったのかなぁ…?」とか思いつつ階段を登ります。
足腰ヘロヘロですがw

一つ目の階段を登った先には池がありました。
真ん中のお堂には弁財天って書いてあるので弁天池?になるのかな。
この池はうっすらと記憶に残っているのでやはり三十数年前に登った階段はここのようです……
という事はそろそろ例の髪の毛の束がでーんと置いてあった灯篭が…!?
…と身構えていたのですが、実際は髪の毛なんて無かった。
というか、その先の階段には脇に灯篭なんてどこにも無かったw
俺の記憶なんてららーらーららららーらー♪
いやまあ、あれから震災を経てるんで震災時に灯篭が軒並み倒れてそのままになっているという可能性も微レ存……

池からもう一段登る階段の先にはなんか雑多に色んなものが並んでたw
八大竜王とか水子地蔵とか仲良し地蔵?かなんか……
この「敷地内に雑多に無理やり並べました」感、なんとなく某MMOの個人ファームを思い出しますねw

ちなみに登りきった階段脇にはお寺の由来的な看板がありました。(画像をクリックすると拡大できます)
うーん…件(くだん)との関連は全く見出せませんぞ。
前述の中山氏の話では淳和天皇の奥さんの真名井御前という人が出家するにあたって弘法大師・空海に寺の開設を頼んだという事でしたが、ここには真名井御前の「ま」の字も出てきません。
まあ「淳和天皇の勅願で」って書いてあるので間違ってはいないものの、かなり端折られているのかなと……

看板の位置から振り向くと、開祖の空海らしき人の像があります。
ほんとかどうかは知りませんが真名井御前という人がこれまたすごい美人さんで、さすがの空海もクラッときたらしくアレな関係になってしまったとかなんとか。
まあ「弘法も筆の誤り」と言いますしね。
もっともこの場合の「筆」は筆下しする方の筆ですがw

あとこのフロアではこの立派な鐘楼が目を引くぐらいでしょうか。
もちろんここも件(くだん)との関連はさっぱり。
ここから更に上に登る階段があるので上のフロアへ。

階段の上には本堂がありました。
寺の人が居たらちょっと話が聞きたかったんですが残念ながら人っ子一人居らず。
仕方ないので挨拶代わりにお参りだけしておきました。

ちなみにここの手洗い場はやっぱり鷲がモチーフのようです。
というか個人的にはカモメに見えますがw
そんな事より口からぼとぼとと水が出てるのを見てるとどうしても…

このAAを思い出してしまうwww(失礼)

あとはこんな立派な舎利殿とやらもありました。
中はゴマを焚くような感じの場所があって入り辛い感じだったのでスルー。
一応、本堂にしてもそうですが内部のご本尊を直接写真に撮るのはちょっと憚られる気がするので斜めから写しております。

そして更に上のフロアに登ると麁乱(そらん)荒神のお社があります。
お寺の中にいきなり鳥居が見えてきたので「はぁ?」となりましたが、まあ昔は同じ敷地内に両方あるのは普通だったようですし。
というかそもそも略縁起の看板にも鷲に化けたソランジンを法力で封じてお社に奉ったって書いてありましたしね。

こちらも説明看板を。(画像をクリックすると拡大できます)
後の方に書いてある、「清荒神はここの荒神さんを招いて建てたので中の人は同一」というのはへえーへえーへえーって感じでした。
とこでこの麁乱荒神さん、八つの顔と八つの腕を持つとか……どっかの和歌山弁の4本腕の人もビックリですねw
この他にはこのフロアには愛宕社と檀家さんのお墓がありましたが、お墓は言わずもがな、愛宕社もあんまり関係なさそうなので写真は撮りませんでした。
ただ帰ってから調べてみた所、愛宕神社のご祭神は火産霊命(ほむすびのみこと)らしく、真名井御前の出身一族である海部氏の始祖とされる神様もにたような名前だったのでこれはワンチャン繋がるんじゃね?と思ったら……
海部氏の始祖は彦火明命(ひこほあかりのみこと)で、名前は似てるけど違う人でした(;´∀`)
…というわけで死にかけながら訪れた鷲林寺ですが、件(くだん)の「く」の字も繋がりを発見できずでした\(^o^)/
まあ中山氏の動画を見直してみたら鷲林寺の秘仏として一般には公開されていない形で真名井御前が祭られているみたいなので普通に参拝しただけでは繋がりは見つからなくて当然の模様。
そこは仕方ないとして、あとやはり関係はあったんだなと思ったのが前述の噂の「夫婦岩の上に件(くだん)が立ってた」という話。
というのは夫婦岩ってのは鷲林寺町の交差点からちょっと南に下った場所、つまりすぐそこにありますからね。
なので件(くだん)と鷲林寺が繋がるのであれば、夫婦岩ともリンクしてもおかしくないわけです。

こちらが以前撮った夫婦岩。
今回はもうヘロヘロでこちらに下ってからもう一度上に戻る気がしなかったので実際には行っていませんw
深夜にこの岩の上に牛の顔した巨乳のねーちゃんが……と思うとなかなかロマンがありますねwww
とまあそんな感じで今回は特に収穫も無いまま鷲林寺を後にし、甲寿橋から逆瀬川方面へ下りて帰りました。
まあそれでもベラボーに暑いってのは置いといて何か目的を持って自転車で探索に行くってのも面白いなと思いました。(小並感)
今後も件(くだん)については継続して調べていく所存ですので何か情報をお持ちの方はぜひコメント欄でお知らせくださいませ<(_ _)>
前の記事から2か月も間が空いてしまいましたが特に何かあったわけではなくて、むしろ記事を書くほどの事が何も無かったので放置状態になってしまいました(;´∀`)
んで今回は謎タイトルでなんのこっちゃだと思いますが、鷲林寺(じゅうりんじ)というお寺に行ってきたよー!っという話です。
さてそれで、鷲林寺に行くにあたってまず何でそこに行く事になったのかという所から。
えーと、皆さんは件(くだん)という妖怪というか物の怪?をご存知でしょうか?
体が人間の女性で顔が牛、もしくは顔が人間女性で体が牛の半人半牛という見た目で、何か大事件が起こる前に現れて見た人間に予言を与えてすぐに死んでしまうと言われている妖怪です。
「地獄先生ぬ~べ~」でも登場したりしているので割と知ってる方も多いと思います。
でその件(くだん)が阪神大震災の前にも現れたという噂を聞きまして、以前の記事で西宮市の夫婦岩(めおといわ)というオカルトスポットを取り上げた時にも書いた通り、夫婦岩の上に件(くだん)が立ってるのが目撃されたらしいです。
噂を聞いたのは震災の少し後ぐらいで誰から・どこで聞いたのかについてはもう覚えていませんが……
そんな事でこの件(くだん)には以前から興味がありまして、そんな中つべでたまたま見かけたオカルトエンタメ大学の動画で怪異蒐集家の中山市朗氏が件(くだん)について興味深い事を語っておられました。
その話ではどうやら西宮市にある鷲林寺というお寺が件(くだん)と関係があるとの事。
鷲林寺ならいつも自転車で行っている北山ダムの近くですし、それなら散歩ついでにちょっくら行ってみるか~って事で行く事になりました。
んなわけで土曜の真っ昼間、10時半頃にでっぱつ。
我ながらこのクソ暑い時期に何考えてこんなヤバい時間帯に出るんだと思っちゃいますが、まあそれには一応訳がありまして……
実は鷲林寺には厨房の頃ダチと二人で怖いもの見たさで一度訪れた事があって、その時の記憶では昼間なのに薄暗くておどろおどろしいお寺で。
しかも階段を登ってる最中に長い髪の毛の束が階段脇の灯篭の中に置いてあるのを見てダチと二人「うっわぁぁぁぁ!!1」と叫んで逃げ帰ってきたという痛々しい記憶があるのですw
なので出来れば一番(霊的に)ヤバくない時間帯に行きたかったというわけですね(;´∀`)

というわけでまずは北山ダムに到着して定点撮影。
写真を撮った時はたまたま曇って日差しが弱くなってますが、実際はカンカン照りで超暑くてここまでの登りで既に死にかけてますww
朝食からも時間が経ってますし昼飯前に軽く行って来ようとかナメた事を思ったのもあって体調がかなりヤバくなってきてました(+_+)
がしかし、せっかくここまで来たのにこのまま帰るのは馬鹿みたいなので気合で鷲林寺方面へ。
鷲林寺町の交差点まではなんとか自転車で登ったものの、そこから鷲林寺まではもう本気で死にそうだったので屈辱の押し上がりで。
もはや討ち死にとか言ってられる余裕もありませんでしたわw

永遠に続くのかと思うほど長い急坂を歩いて、ようやく鷲林寺とうちゃこ。
厨房の頃の記憶には鷲林寺町の交差点からここまでの坂なんて全く残ってないんですが……
しかも入り口から見る限りでは記憶の中のおどろおどろしさなんてこれっぽっちも感じないし。
「ここから入ったんじゃなかったのかなぁ…?」とか思いつつ階段を登ります。
足腰ヘロヘロですがw

一つ目の階段を登った先には池がありました。
真ん中のお堂には弁財天って書いてあるので弁天池?になるのかな。
この池はうっすらと記憶に残っているのでやはり三十数年前に登った階段はここのようです……
という事はそろそろ例の髪の毛の束がでーんと置いてあった灯篭が…!?
…と身構えていたのですが、実際は髪の毛なんて無かった。
というか、その先の階段には脇に灯篭なんてどこにも無かったw
俺の記憶なんてららーらーららららーらー♪
いやまあ、あれから震災を経てるんで震災時に灯篭が軒並み倒れてそのままになっているという可能性も微レ存……

池からもう一段登る階段の先にはなんか雑多に色んなものが並んでたw
八大竜王とか水子地蔵とか仲良し地蔵?かなんか……
この「敷地内に雑多に無理やり並べました」感、なんとなく某MMOの個人ファームを思い出しますねw

ちなみに登りきった階段脇にはお寺の由来的な看板がありました。(画像をクリックすると拡大できます)
うーん…件(くだん)との関連は全く見出せませんぞ。
前述の中山氏の話では淳和天皇の奥さんの真名井御前という人が出家するにあたって弘法大師・空海に寺の開設を頼んだという事でしたが、ここには真名井御前の「ま」の字も出てきません。
まあ「淳和天皇の勅願で」って書いてあるので間違ってはいないものの、かなり端折られているのかなと……

看板の位置から振り向くと、開祖の空海らしき人の像があります。
ほんとかどうかは知りませんが真名井御前という人がこれまたすごい美人さんで、さすがの空海もクラッときたらしくアレな関係になってしまったとかなんとか。
まあ「弘法も筆の誤り」と言いますしね。
もっともこの場合の「筆」は筆下しする方の筆ですがw

あとこのフロアではこの立派な鐘楼が目を引くぐらいでしょうか。
もちろんここも件(くだん)との関連はさっぱり。
ここから更に上に登る階段があるので上のフロアへ。

階段の上には本堂がありました。
寺の人が居たらちょっと話が聞きたかったんですが残念ながら人っ子一人居らず。
仕方ないので挨拶代わりにお参りだけしておきました。

ちなみにここの手洗い場はやっぱり鷲がモチーフのようです。
というか個人的にはカモメに見えますがw
そんな事より口からぼとぼとと水が出てるのを見てるとどうしても…

このAAを思い出してしまうwww(失礼)

あとはこんな立派な舎利殿とやらもありました。
中はゴマを焚くような感じの場所があって入り辛い感じだったのでスルー。
一応、本堂にしてもそうですが内部のご本尊を直接写真に撮るのはちょっと憚られる気がするので斜めから写しております。

そして更に上のフロアに登ると麁乱(そらん)荒神のお社があります。
お寺の中にいきなり鳥居が見えてきたので「はぁ?」となりましたが、まあ昔は同じ敷地内に両方あるのは普通だったようですし。
というかそもそも略縁起の看板にも鷲に化けたソランジンを法力で封じてお社に奉ったって書いてありましたしね。

こちらも説明看板を。(画像をクリックすると拡大できます)
後の方に書いてある、「清荒神はここの荒神さんを招いて建てたので中の人は同一」というのはへえーへえーへえーって感じでした。
とこでこの麁乱荒神さん、八つの顔と八つの腕を持つとか……どっかの和歌山弁の4本腕の人もビックリですねw
この他にはこのフロアには愛宕社と檀家さんのお墓がありましたが、お墓は言わずもがな、愛宕社もあんまり関係なさそうなので写真は撮りませんでした。
ただ帰ってから調べてみた所、愛宕神社のご祭神は火産霊命(ほむすびのみこと)らしく、真名井御前の出身一族である海部氏の始祖とされる神様もにたような名前だったのでこれはワンチャン繋がるんじゃね?と思ったら……
海部氏の始祖は彦火明命(ひこほあかりのみこと)で、名前は似てるけど違う人でした(;´∀`)
…というわけで死にかけながら訪れた鷲林寺ですが、件(くだん)の「く」の字も繋がりを発見できずでした\(^o^)/
まあ中山氏の動画を見直してみたら鷲林寺の秘仏として一般には公開されていない形で真名井御前が祭られているみたいなので普通に参拝しただけでは繋がりは見つからなくて当然の模様。
そこは仕方ないとして、あとやはり関係はあったんだなと思ったのが前述の噂の「夫婦岩の上に件(くだん)が立ってた」という話。
というのは夫婦岩ってのは鷲林寺町の交差点からちょっと南に下った場所、つまりすぐそこにありますからね。
なので件(くだん)と鷲林寺が繋がるのであれば、夫婦岩ともリンクしてもおかしくないわけです。

こちらが以前撮った夫婦岩。
今回はもうヘロヘロでこちらに下ってからもう一度上に戻る気がしなかったので実際には行っていませんw
深夜にこの岩の上に牛の顔した巨乳のねーちゃんが……と思うとなかなかロマンがありますねwww
とまあそんな感じで今回は特に収穫も無いまま鷲林寺を後にし、甲寿橋から逆瀬川方面へ下りて帰りました。
まあそれでもベラボーに暑いってのは置いといて何か目的を持って自転車で探索に行くってのも面白いなと思いました。(小並感)
今後も件(くだん)については継続して調べていく所存ですので何か情報をお持ちの方はぜひコメント欄でお知らせくださいませ<(_ _)>
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